後藤則敬さんの写真にかける情熱

夢を追いかけた学生時代

後藤則敬さんは大阪の中流家庭に出生しました。
お父さんは社会的意識の高い人で、後藤則敬さんが小学生の頃から政治や国際問題など世界にある様々な問題について高い教養を身につけさせてくれました。
お父さんから渡された本の中でも報道写真の写真集は幼い後藤則敬さんの心を掴み、以後社会平和に貢献できるようなカメラマンになりたいと考えるようになったのです。
また後藤さんは小学生の頃から算数が大好きであり、将来写真家になれない場合は数学者になりたいとも思っていました。
学生時代の後藤さんはひたすらお父さんからもらった一眼レフで人物写真を撮影し、クラスメイト達にもてはやされていました。
後藤さんが人物を撮る腕前は高く、被写体の個性が良く表現されている一枚を映し出していたのです。
そのためこの頃の後藤さんは自分には写真の才能があると自覚していました。
それだけ自分が撮影した写真をプリントして友達に渡すと喜ばれていたのです。
後藤さんの「写真好き」は仲間だけでなく学校でも広く知れ渡っており、将来芸能関係の仕事に就きたいと考えている女の子から撮影を依頼される事もあったほどです。
高校時代の後藤さんは将来写真の専門学校に入って本格定期に撮影技術について学びたいと考えるようにしました。
写真撮影はセンスだけでは成り立たないと理解していたのです。

広がる可能性

後藤則敬さんが大学生になった頃、初めてレタッチと言うものの存在を知りました。
レタッチとは撮影した写真をCG加工する技術の事です。
映画などで使用されるだけでなく、グラビアや広告写真など幅広い作品で使用されている需要の大きな技術なのです。
こうした技術は自身の撮影した写真をより良いものにする上で欠かせないものですから、大学時代の後藤則敬さんはひたすらコンピューターの勉強を行ないました。
これまでコンピューターに無縁の生活を送っていた後藤則敬さんにとってインターネットやCGは驚異的な技術であり、寝食も忘れるほどそうした世界に熱中しました。
その頃から後藤さんは、写真は大好きだけれどコンピューター分野の仕事に就職して間接的に趣味を活かすと言う将来の選択肢もあると考えるようになったのです。
それほど自分で撮影した写真をCGで加工する事に楽しさを見出していたのです。
この頃後藤さんは大学の知り合い経由でIT関係の企業に勤めている若者と知り合いました。
IT技術はこれからウェーブを引き起こす革新的なものであり、日本や世界の状況を一変させると言う若者の言葉が後藤さんの心を鷲掴みにしました。
大学在学時代から若者の職場に足を運びコンピューターの可能性について学んだ後藤さんは、卒業後にプログラマーとして企業に就職したのです。
その頃には「間接的」どころか一切写真を撮らなくなっていました。

写真への愛を忘れない

後藤則敬さんは企業に所属しながら主にプログラマーとして働きました。
その傍らでレタッチについても学び、幅広いCG技術も身につけたのです。
しかし30代を超えた頃、後藤則敬さんは自分自身があまりにも手広く興味を広げすぎている事に危機感を覚えたのです。
特に後藤則敬さんは元々写真家を目指していたのであり、そのためにコンピューターにも興味を持ちました。
しかし会社に就職してからは写真の勉強は一切行なっていません。
会社員として働く事も楽しい日々ですし、無駄とは思いません。
しかし後藤さんは自分が生涯をかけて極めていきたい事とは何なのかを良く考えるようになりました。
そこから様々な写真家の個展に足を運び、その頃の流行にも目をやるようになりましたが、その頃の後藤さんはもはや自分の写真に対して過大な自信を抱く事はできなくなっていたのです。
プロとアマチュアの差は歴然であり、そうした世界で一からチャレンジしたいとは思えない自分がいました。
それよりも自分が今活躍している会社でしっかりとしたキャリアを積み上げていきたいと考えるようになったのです。
写真を趣味として続けていくと言う道がはっきり見えた後藤さんは、そこから迷いませんでした。
会社の知り合いのツテで素敵な女性と結婚し、仕事と趣味の写真を両方充実させるようになったのです。

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